(13)達弥西心のわかりやすい話「あこがれ」

達弥西心のわかりやすい話「あこがれ」

●待ちくたびれて日が暮れる(2/4) - HMU 達弥西心

どんな幸せを待っているのですか。幸せはどんな色をしていて、どんなかたちをしているのですか。待っていてばかりでは分からないでしょう。

今までに幸せというものを見たことがありますか。手にとってみたことがありますか。見たこともないモノを待っているのですか。目の前を通り過ぎたとしても、それが幸せだとは気がつかないでしょう。

こんな感じのものという幸せのイメージを誰かに与えたことのない人は、幸せの感じをいつまでも自分の想像の世界でもてあそぶだけで終わってしまいます。

●待ちくたびれて日が暮れる(1/4) - HMU 達弥西心

みんな幸せになりたいのに、みんな幸せになれないのは、みんな待っているからです。待っていてばかりでは、待ちくたびれて日が暮れます。

私たちは誰かが幸せにしてくれることを願ってはないでしょうか。誰かに望んではいないでしょうか。幸せは誰かからもたらされるものではありません。幸せは誰かから受け取るものではないのです。

どれだけ待っても、いつまで待っても、誰も幸せにはしてくれません。なぜなら、誰かも私たちと同じように、幸せになりたいからです。

幸せになりたい者同士が、お互いに幸せを待っているのですから、いつまでたっても幸せはやってくるはずはありません。幸せを思いっきり受け取りたい人たちばかりがいて、幸せを思いっきり与えたい人は誰ひとりとしていないのです。

●みんな幸せになれたらいいのに(5/5) - HMU 達弥西心

みんな不幸や失敗だけは味わいたくありません。誰だってそうでしょう。だから誰かを不幸にしたり、誰かの足を引っ張ったりしてはいけないのです。

与えれば与えられるという宇宙の法則は、不幸を与えれば不幸が自分に返ってくるという法則でもあることを忘れないでください。

みんな幸せになりたいのですから、みんなが一斉に幸せを与え合えば良いのです。みんな喜んで生きていたいのですから、みんなが一斉に喜びを与え合えば良いのです。一、二の、三!で、一斉に与えるのです。

みんなこの世で与える修業をしているのですから、「与える修業、みんなでやれば怖くない」という思いで、一、二の、三!です。

●みんな幸せになれたらいいのに(4/5) - HMU 達弥西心

誰かの不幸を待つような思いでする仕事は、私たちのこころが嫌がります。誰かの足を引っ張るような思いでする仕事も、私たちのこころは嫌がります。だから、どんなに努力してもなかなかうまくいきません。当然です。

誰かに幸せの提案をするような思いや仕事は、こころが喜んでくれます。誰かを励ますような思いや仕事には、こころが喜んで支援してくれます。だから、不思議なくらいにうまくことが運びます。当然のことです。

●みんな幸せになれたらいいのに(3/5) - HMU 達弥西心

競合相手とかライバルとか、誰かと競って奪い合うのは、本当に疲れます。自分の幸せのために相手を叩かなくてはならないのは、たとえ幸せになれたとしても不幸です。こころが不幸と感じるのですからやはり不幸です。

競って奪い合うのはモノです。相手を叩かなくてはならないのはモノのせいです。モノには限りがあるからです。

私たち人間は、モノを奪い合い、相手を叩き合い、その結果、幸せを感じたり不幸を感じたり、こころが激しく揺れます。要するに、幸せか不幸かを決めるのはモノではなく、こころなのです。

●みんな幸せになれたらいいのに(2/5) - HMU 達弥西心

明るくて、楽しくて、陽気で、笑顔で、幸せに暮らしたいという、おそらくすべての人たちが願い、望んでいることは、私たちの人生では実現しないのでしょうか。それとも望んではいけないのでしょうか。

違います。そうして良いのです。幸せを望んで良いのです。幸せになって良いのです。思いっきり幸せで良いのです。思いっきり楽しくて、嬉しくて、愉快で良いのです。人生はそうでなくてはいけないのです。

みんな幸せになれたらいいのにと思います。しかし、誰かが幸せになるために誰かが不幸になるのではつまらないと思います。みんなで幸せになる方法がきっとあるはずです。

●みんな幸せになれたらいいのに(1/5) - HMU 達弥西心

誰もがみんな幸せになりたいと願っています。幸せになるために生きているといっても過言ではないでしょう。

みんな同じことを願っているはずなのに、幸せそうな人よりも不幸そうな顔をした人が多いのはなぜでしょう。人生は、そんなにつまらなくて、そんなに苦しくて、そんなにいやなものでしょうか。そうであるならば、私たちは何のために生まれてきたのでしょうか。

●何かを与えられる自分だろうか(3/3) - HMU 達弥西心

いつも、何かを与えることのできる自分だろうかと、自分自身に問いかけてみることです。自分のこころの中のほんとうの自分自身がきっと答えてくれます。なぜなら、ほんとうの自分自身は、私たちが喜んで与えることができるようにと、私たちのこころの中にいるからです。

私たちは、生きる喜びを与えるために、この世に生まれてきたのです。

●何かを与えられる自分だろうか(2/3) - HMU 達弥西心

生きる喜びとは、この世に生まれることができた喜びです。こころの次元を上げることのできる大きなチャンスを与えられた喜びです。

そして、喜んで生きている私たちのその姿を見せること。生まれてきたことは嬉しいことなんだと気付かせること。だから喜んで生きていこうよと励ますこと。それがまわりの人に喜びを与えることになるのです。

私たちの、いのちいっぱいのその笑顔だけで充分です。生きていることが嬉しくて嬉しくてたまらないその喜びを、素直に表現すればそれで良いのです。

私たちの、喜んで生きている姿を見ていたまわりの人たちはやがて気づきます。あんなふうに喜んで生きていたいなあと気づくのです。ほんとうはあんな生き方がしたかったんだと気づくのです。

●何かを与えられる自分だろうか(1/3) - HMU 達弥西心

こころの次元を上げていく、もっとも強力でもっとも効果的な方法は、まわりの人たちに生きる喜びを与えることです。

生きる喜びとは何でしょうか。どんな方法で与えるのでしょうか。
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